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大事な時のふしぶしで 登場してくる 「コーヒー」というもの。

 実は、私は、そんなに頻繁には、コーヒーを飲まない。だいたい、1週間に1回くらいだろうか。もしかしたら、もっと少ないかもしれない。

 でも、頻度の少なさゆえか、50代の半ばを超えた今、コーヒーをたまに飲むたび、この半世紀のうちに、自分では意識していないのに、コーヒーが、私の人生の随所随所に登場しているのに気付かされたりもする。

 

 

 30年以上前の大学生の時。

 福岡から東京にやってきた。3畳の狭いアパートは、冷房(エアコン)などもちろんないため、夏はとても暑い。

 そこで、毎日近くの喫茶店に行っていた。もっとも、その時のコーヒーの味は残念ながら全く覚えていない。

 親からのありがたい仕送りから300円くらいのお金をコーヒーのために払い、1日中『ジャンプ』などの漫画を読んでいた。1回家に帰って、でもまだまだ暑すぎるので、再度、同じ喫茶店に行ったことも少なくなかった。

 今から思えばなのだが、当時、1日に2回も3回もその喫茶店に行ったのに、店の人と、全然、話をしなかったのが後悔される。まあ、田舎から東京に出てきた人間にとって、「人と話をする」ということ自体が、とても難しかったのかもしれない。たぶんそうだ。

 先日、この、東京・高井戸を何十年ぶりかに訪ねたのだが、既に、この喫茶店はなかった。というか、町の構造、あるいは、ビルの並びが完全に変わっていて、もう、その喫茶店がどこにあったのかもさえ分からなかった。

 

 

 学生時代の、自分が住んでいたアパートのそばの喫茶店に加え、(とりあえずは毎日通っていた)大学のそばの喫茶店も、思い出深い場所である。

 この喫茶店は、私が所属していた音楽サークルのたまり場になっていて、週末は必ずメンバー全員が集まっていた(この喫茶店、安定的収入により、最近ビルを建て替えたようである。ママさん、すご腕である)。

 一つの学生サークルが、週末のある一定時間を占領してしまうというのが、その喫茶店にとって良いことだったのかは、私としてはよく分からないが、それはともかく、当時は大変楽しかった。

 

 

 少しだけ時間を巻き戻すと……。

 本当はまあ、未成年だからダメなんだけど、大学生になると酒を飲むようになったり、タバコを吸い始めたりする。私も、そんな感じであった。

 で、今の大学生がどんな感じなのかは全然分からないけれども、私が大学に入った当時、お酒を飲んだ後は、なぜか必ず喫茶店に行ってコーヒーを飲んだものだった。何だかそうしなければいけない感じだった。そして、会話はなかった。なんというか、それが「しきたり」というものなのか。お酒を飲んだ後は、それがまるで決まりかのように、コーヒーを飲みに行った記憶がある。 

 

Vol.47より

                    (続く)

 


PROFILE

くが・ようじ●1962年福岡県出身。

東京大学文学部、立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科、マッコーリー大学大学院(オーストラリア)上級翻訳・通訳学卒。多くの雑誌、書籍、ウェブサイトの企画・制作を手がける。