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駅を舞台にした映画。コーヒーが何の力にもなれなかった瞬間。

 先日、学生時代のなつかしい友人と僕の自宅の最寄り駅で会った。彼は駅の変わりように驚いていた。僕が子供の頃から利用しているこの駅は今の姿になるまで変遷が三回。地上から地下に変わる時に歩道橋が撤去されるなど駅の姿は二十年に一度のわりで変わってきた。

 

   子供の頃から何十年も使っている僕にとってこの駅とは長いつきあいをしてきたとあらためて思う。改札口を出たところに駅のシンボルであるオブジェはその日も待ち合わせの人たちで取り囲まれていた。デートの待ち合わせもあれば仕事の打合せで時間を約束した人もいるのだろう。駅前の空気はせわしなく動いていた。

 

 駅を舞台にした映画は数多くある。ローマのテルミニ駅で撮影されたアメリカ人の人妻ジェニファー・ジョーンズとイタリア人青年のモンゴメリー・クリフトとの悲恋物語、「終着駅」。キャリアウーマンに扮するキャサリン・ペップバーンがイタリアの中年男と恋に落ちる「旅情」。そして高倉健さん主演の「鉄道員(ぽっぽや)」。「男はつらいよ」シリーズでは柴又駅で寅さんは時には思いを寄せる女性を見送ることもあれば、さくらに見送られたりする。駅は出会いと別れには欠かせない舞台だ。

 

 駅が出てくる映画で印象的な作品はミュージカル「シェルブールの雨傘」。大学生の頃、3本立て100円の渋谷文化という映画館でよく見た記憶がある。シェルブールはドーバー海峡に面したフランス北西部の軍港の街。1950年代後半のこの街を舞台にしたラブストーリーである。主演はカトリーヌ・ドヌーヴ。傘店の16歳の娘役ジュヌヴィエーヴである。この映画はカンヌ映画祭でグランプリを受賞。ドヌーヴにとって世界的なスターとなった出世作である。

 

   この時のドヌーヴ、輝くような美しさ……この一言でしか言いあらわせなかった。ストーリーはごくシンプル。結婚を約束した恋人、ギイは兵役でアルジェリアに赴くことに。別れの前夜、二人は結ばれやがて子供をみごもるジュヌヴィエーヴ。戦地からの便りが途絶え不安にかられ、母に勧められやむなくほかの男との結婚を決意する。兵役を終えシェルブールの街に戻ったギイはその事実を知り荒れた生活を送るが幼馴染のマドレーヌに励まされる。立ち直りマドレーヌと結婚しガソリンスタンドを経営するギイ。雪の降るクリスマスの夜、ギイのガソリンスタンドに入ってきた車にはジュヌヴィエーヴが。思わぬ再会にざわめく二人の心。そして車の助手席にはギイの子どもが。名前はフランソワーズ。生まれてくる子どものために二人が約束した名前だ。店内からガラス越しに子どもを見つめるギイ。そのギイを見つめるジュヌヴィエーブ。給油が終わり雪の中を去っていく車と入れ違いで買い物から帰ってきた妻マドレーヌと幼い息子。実はこの子供の名前はフランソワ。かつて愛しあった二人が決めた子供の名前がここにもあった。乱舞する雪の中のガソリンスタンドのラストシーンは幻想的で美しく、またエッソの看板が印象に残り僕はこの映画を観てからというもの、給油はエッソに決めることにした。

 

 この映画で最も心を揺さぶられるシーンは出征の日、シェルブール駅から列車に乗るギイをホームで見送るジュヌヴィエーヴとの別れのシーンである。愛と絶望が同居したようなミシェル・ルグランの音楽。「モナムール」「ジュテーム」と繰り返すギイとジュヌヴィエーヴの歌声。若い二人の切ない心がミシェル・ルグランの旋律によって観る側の心に突き刺さる。走り始めた列車。デッキから身を乗りだすギイ。ホームで立ち尽くすジュヌヴエーヴ。彼女をつつむ列車の白い蒸気。別れの時を示すホームの時計の針は4時30分を指していた。この数十秒間のシーンで思い出す映画がある。高倉健さん主演の「駅・STATION」。健さんの妻役のいしだあゆみが動き出した列車のデッキでつくり笑顔を残し敬礼して去っていく。この二つの駅のシーンは僕にとっては忘れられない場面だ。

 

 ホームでの別れの前にジュヌヴィエーヴとギイが駅舎のカフェで別離を惜しんでいるシーンがある。どのくらいの時間をここで過ごしたのだろう。二人の前におざなりに置かれたコーヒーカップからは暖かさを感じることはない。コーヒーカップは白地で口元に青いラインがほどこされている。駅舎に隣接したカフェということを考えると決して高価なものではないだろう。「行かないで、私の恋人よ……」と歌い上げるジュヌヴィエーヴ。別れを惜しむ二人のためになにもできない、なぐさめにもならないコーヒーカップはただひたすら時間が経つのを待っているかのよう。以前、このコラムにコーヒーは人の心を和らげる力があると記したことがあった。しかし、この時の二人にとってコーヒーは何の力にもなれなかった。

 

 

『四季の珈琲』2016 vol.43

 


PROFILE

はま・きよたか●1949年、神奈川県出身。

数多くのテレビCMや企業のプロモーションビデオを手がける映像界の鬼才。最近では、野菜を使ったアニメーション作品を材料から吟味、自ら制作するなど、マルチな才能を展開している。