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ロシュフォールのあの広場のカフェでコーヒーを口にしてみたい。今なら多少、コーヒーの味が分かるから

 1967年6月、わずか25歳で交通事故により突然、姿を消した女優がいた。出演映画わずか10本ながらその将来に誰もが胸を躍らせていた女優。彼女の名前はフランソワーズ・ドルレアック。

 

 大女優カトリーヌ・ドヌーヴの姉である。双子と言っていいほどのうり二つの容貌。つまり美人姉妹である。いやいや超美人姉妹である。

 

 二人は「シェルブールの雨傘」の監督・ジャック・ドゥミ、音楽・ミシェル・ルグランのコンビが制作したミュージカル映画「ロシュフォールの恋人たち」で共演した。しかも双子の姉妹の役である。

 

 この映画は1967年3月にフランスで公開。そのわずか3カ月後にフランソワーズ・ドルレアックは亡くなったのだ。カトリーヌとフランソワーズの姓が違うのはそれぞれ父親と母親の姓を名乗っているかららしい。

 

 はじめのうち僕は二人が姉妹であることに気がつかなかった。いつ頃気づいたかも思いだせない。フランソワーズ・ドルレアックがジャンポール・ベルモンドと共演した「リオの男」を観た時も姉妹であることに気付かなかった。そして残念なことに僕はフランソワーズ・ドルレアックの映画は「リオの男」と「ロシュフォールの恋人たち」の二本しか観ていない。

 

 「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」の共通点は三つ。港町が舞台。しかも軍港。そしてミュージカル。しかし映像はまったく違っていた。雨に濡れた石畳に映る淡い灯りが美しく終始、切なさを漂わせていた「シェルブールの雨傘」。それに対して輝く陽光の下、未来を夢見る姉妹を中心に描いた「ロシュフォールの恋人たち」。

 この映画の冒頭は印象的だった。大きな河の両岸に巨大なクレーンが仁王立ちに構え、空中渡し船みたいなリフトというか平台に3台のトラック、2頭の白馬、5台のバイク、そしてジョージ・チャキリスたち十数人のスタッフたちが反対岸に運ばれていくのだ。カーニバルに向かうキャラバン隊の一行である。

 

 彼らはトラックを降りある者は煙草を口にしながらいつのまにかダンスになる。またある者はトラックの荷物を整えながらさりげなく踊りだす。日常の仕草からそのままダンスに移行する。そのおしゃれな動きに心がワクワクしたことをまだ覚えている。なによりも背の高さ、足の長さ、ダンスの華麗さはひたすら羨望の思いだった。

 

 彼らがセッティングを始めた広場がまた美しい。パステルカラーが良く似合う整った街並みの中、清潔感のあるこの広場はこれから恋のドラマが始まる予感を感じさせるに十分だ。

 この街に暮らすフランソワーズ・ドルレアック扮するソランジュは作曲で、カトリーヌ・ドヌーヴ扮するデルフィーヌはダンスで身を立てようと野心に満ちていた。この二人の夢を追いかける熱い思いがロシュフォールの街の澄んだ空気にぴったりだった。

 

 姉妹の母は女手一つで広場に面したカフェを切り盛りしている。この店は三面がガラス張り。街の風景に溶け込みなかなか繁盛しているようにみえた。

 

 このカフェで思い出す一軒の喫茶店がある。表参道に面したビルの二階にあった店、残念ながら名前は忘れてしまった。「ロシュフォールの恋人たち」のカフェ同様に三面が床から天井までのガラス張りのこの店には大学生の頃、仲間とよく来たものだ。

 

 モデルやカメラマンなど広告業界のたまり場であった喫茶店のレオンから目と鼻の先にあったガラス張りのこの店を僕たちは金魚鉢と呼んでいた。

 

 表参道に面した特等席はいつも客がいた。席が空くと僕たちは急いでコーヒーカップを手に空いた席に移動した。周りには僕たちと同じように窓際の席をねらっていた客がコーヒーカップを手に席を移ろうと腰を上げた気配を感じたことが度々あった。

 

 コーヒーの味にはまったく関心もなく話が尽きた僕たちは窓外を見下ろしながら道行く女の子を目で追いかけていた。初夏の表参道のカフェのガラス越しから見た陽光とロシュフォールのカフェがある広場の陽光に似たような光の色を感じた。

 

 ロシュフォールのあの広場のカフェでコーヒーを口にしてみたい。胸いっぱいに輝く空気を吸い込んでみたい。今なら多少、コーヒーの味が分かる。いや待てよ、当然カフェは映画のためのセットだけどまさかあの広場もセットだったりして……。 

 

 

『四季の珈琲』2017 vol.44

 


PROFILE

はま・きよたか●1949年、神奈川県出身。

数多くのテレビCMや企業のプロモーションビデオを手がける映像界の鬼才。最近では、野菜を使ったアニメーション作品を材料から吟味、自ら制作するなど、マルチな才能を展開している。