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ニューヨークはまさに 珈琲一色の街と 言っても過言ではない。

「七年目の浮気」「アパートの鍵貸します」「ウエストサイド・ストーリー」「ティファニーで朝食を」「ある愛の詩」「追憶」「アニー・ホール」「ニューヨーク・ニューヨーク」「恋におちて」……これらはすべてニューヨークを舞台にした映画である。

 

   数え上げればきりがないほどの作品数であろう。ここ100年近くもの間、ニューヨークは常に時代のトップランナーの街としてその存在感を示してきた。ロケーションも素晴らしい。教会など古き良きヨーロッパを思わせる石造りの建造物、かたや最先端の高層ビル、季節の色合いが美しい公園。ニューヨークは新旧が織り混ざり絵になる街を構成している。

 

   僕がとりわけ好きなのはレンガ造りのアパートである。10段ほどの階段を上がるとドアの横にベルがあり、それを鳴らすとロックが解除されドアが開く。「アパートの鍵貸します」「ティファニーで朝食を」にも、そして「ダーティー・ハリー」にも出てきた。あのアパートに一度は住んでみたい。映画を観るたびに想ったものだ。

 

 僕が初めてニューヨークに行ったのはアメリカ合衆国建国200年の1976年。7月4日の建国記念日に合わせたある食品会社のTVCMの撮影だった。街の中の見るものすべてに興奮。今は改修されたがヤンキースタジアムで野球観戦もした。こう書くとまるで観光に行っているみたいだがもちろん仕事もした。そしてちょっぴり怖い思いもした。

 

 当時はまだ使い走りだった僕は地下鉄での撮影が終わりカメラなど多くの機材をホームで盗まれないように見張っていた。車で機材をピストン輸送するコーディネーターが戻ってくるのを待っていたのである。30分位で戻るはずが1時間経っても戻ってこない。夕方の通勤時間帯。混雑した地下鉄ホームで多数のカメラ機材は通行の邪魔になっている。「こんなところに置いて邪魔だ!」と足で機材を蹴り上げんばかりの大柄な黒人。僕は大切な機材を持っていかれないように機材の上に大の字になって守った。今では懐かしい思い出だ。

 

 このニューヨークを舞台にした映画に話を戻そう。お気に入りの映画は多くあるが、その中で最も好きな映画の一つ、それは「ユー・ガット・メール(You've Got Mail)」。トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の1998年のロマンティック・コメディだ。インターネットで通信しあう本名も知らない男(トム・ハンクス扮するジョー)と女(メグ・ライアン扮するキャスリーン)がメールのやり取りをしながらお互いに惹かれ合っていくというストーリー。

 

 ニューヨークの街角で、母親から受け継いだこじんまりとした絵本専門店を経営しているキャスリーン。この店の目と鼻の先、店内にカフェをしつらえた大型書店「フォックス・ブックス」が開店。この店のオーナーがなんとジョーである。いわば商売敵。いや、キャスリーンの店はすぐに閉店を余儀なくされるのだから勝負にならないほど巨大な敵である。実は僕が住んでいる街にも似たようなことがあった。商店街に古くからあったY書店。駅ビルが出来てその中に大型書店が開店したのをきっかけにあっけなく閉店した。しかもそのあとはなんとスターバックスに変身してしまったのである。

 

 さてこの映画にニューヨークらしさを醸し出す名脇役として登場するのがコーヒーである。キャスリーンが出勤する際に立ち寄るスターバックス。すれ違いで入って来るジョー。顔を会わせたことのない二人はお互いに同じスターバックスで買ったテイクアウトの紙コップを手に街を歩く。この紙コップ、おしゃれな小道具である。そしてほどなくオープンした「フォックス・ブックス」の店内にはコーヒーショップが。ちなみに「フォックス・ブックス」はスターバックス・コーヒーを提供する喫茶コーナーをもつ大規模で高級感のある書店「バーンズ・アンド・ノーブル」がモデルと言われている。余談だがこのスタイルの書店は日本にも導入され代官山、二子玉川で見ることができる。ここにあるのは本業の書籍のほかにコーヒーショップはもちろん、情報家電、文具、自転車もそろっている。これはもう書店の域を超えている。ちょっとしたショッピングモールと言った方が相応しいかもしれない。

 

 さてこの映画が製作されたのは1998年。スターバックスが初めてニューヨークに出店したのはその4年前。場所はマンハッタン。幅、約4キロ、長さ、約20キロのマンハッタン島。山手線の内側ほどの面積に今では200店以上のスターバックスが出店しているらしい。ニューヨーク市全体ではなんと約250店舗もあるという。しかもスターバックスの向こうをはった個人経営のローカルな店も増えているとのこと。ニューヨークはまさにコーヒー一色の街と言っても過言ではないだろう。

 

『四季の珈琲』2017 vol.45

 


PROFILE

はま・きよたか●1949年、神奈川県出身。

数多くのテレビCMや企業のプロモーションビデオを手がける映像界の鬼才。最近では、野菜を使ったアニメーション作品を材料から吟味、自ら制作するなど、マルチな才能を展開している。